よくありがちな普通の民族対立が日本にもあります。
最近では、「在日特権を許さない市民の会」とかいうグループが1万人も会員を集めて、京都の朝鮮学校を攻撃したんだそうです。
アドマックのすぐそばにも朝鮮学校はありますから、とても他人事ではありません。そこでちょっと冷静に考えてみましょう。
日本にある民族対立の代表といっていいのがこの、明治以前から日本人だった普通の日本人と、戦前戦後を通して日本の本土に住むようになった在日韓国人(北韓国を含む)との対立です。
民族を無視して政治的に国境線を引いたのが日本と、併合当時の韓国政権です。
日本の領土としての韓半島から「内地(日本の本土)」に「国内移動」したのが南北の韓国民族です。
戦前の力関係では日本民族が韓国民族に優越しましたが、戦後は逆転しました。
(どちらもアメリカ支配下に入りましたが、韓国は自分たちを敗戦した側とは考えていないためです。)
「相手に非があれば、それだけが全面的に悪い。だからそれをあらゆる手段で攻撃することは全て正しいこと。」
というのは野蛮な感情主義であって、理性的な行動ではありません。
実力行使が得意な「正義の味方」も一見かっこいいかもしれませんが、それは法律がろくにないような未開社会に限っての話でしょう。
法治社会では感情を排した議論と法的な手続きこそ重要です。
「在日特権を許さない」といっているのもつまり、法治社会であるはずの日本で、民族差別で憂さを晴らす人たちでしょう。しかし、もし国際社会からそういうのが日本人のメンタリティーとでも思われたら国益を大きく損ねます。
「日本の国益を!」と叫びながら、自分たちこそが国益を損ねる張本人なわけです。
ウヨクでもサヨクでも、要するに感情的に行動することは恥ずかしいことですね。
なによりも、そんな「思想」と無縁な普通の日本人、普通の韓国人は、互いを必要とする時代になっています。
お互いに尊敬し合い、感謝し合うことができています。人間として、正しい姿勢というのは、感謝と尊敬の関係に向かうことでしょう。
それこそが正義だという認識を共有したいものですね。




