バンクーバーオリンピックにリード姉弟という日本代表選手が出ています。メンタリティーではまだまだなかなか先進国の仲間入りのできないのが私たち日本人ですが、アメリカ出身のこの二人がリンクでアイスダンスを披露するのを見ていると、やっとなんとか先進国らしくなったようにも見てもらえるんじゃないかと 思えてきます。
私たち日本人がメンタリティーで「遅れている」と思われるのは、アメリカ、イギリス、フランスなどの「先進国」に比較して、自国の人間であるという定義や概念が前時代的であるように見えてならないからです。つまり私たちが考える「日本人」というものが、どうしても見た目優 先であるということで、見た目というのはつまり、血統主義による民族主義的な考え方が優先されているということです。
「血統主義」「民族 主義」という言葉は、英語で言えば「人種差別主義」と同義だったりもします。「人種差別はしないけど、血統は大事だし、自分たち民族がこのまま保たれるこ とが大事だ。」という私たち日本人の論理は、英語などの世界では通用しないということになるのです。血統を重んじることは即ち、人種差別主義だと考えられ ているからですね。
一方で、リード姉弟に限らず、アメリカ人と日本人、フランス人と日本人、中国人と日本人など、外国の血が入っても日系 であるということになれば、私たちもかなり寛容になってきました。見た目がはっきり違うアメリカ人やフランス人ですと、まだまだ抵抗があるという人が多いかもしれませんが、見た目が変わらない中国人や韓国人、フィリピン人などとの混血なら、あとは日本語が「日本人と同じ」ように話せるだけで、完全に日本人として、日本の世間から認めてももらえます。
ところが、アメリカやイギリスなどでは、出生地主義といって、アメリカやイギリスで生まれた人であれば誰でも国籍がもらえます。私たちの考えているアメリカ人やフランス人というのは西洋人なんですが、当の西洋では、血統は無視されて、自国で生まれたかどうかによって自国の人だと認めているわけです。
となりますと、お父さんがアメリカ人、お母さんが日本人であっても、そのお父さん がアフリカ系だったりアラブ系だったりもしますから、血統の面ではいろいろなことになってきます。もちろん日系のアメリカ人もいますから、日系のお父さんと日本人のお母さんであれば、見た目は完全に「日本人」ということになります。
ややこしい話です。このややこしさを解決するには、出生地主義(生地主義)というルールが最も簡単で、見た目=血統がどうであろうと構わないという、はっきりした倫理観が欠かせないものとなるわけです。
専門家ではないので、生地主義について偉そうな主張も筆者にはできないんですが、血統主義が「先進国的ではない」ということはいえるんじゃないでしょうか。 なにしろこれだけ世界が狭くなっています。島から島へ、大陸から大陸へと人は移り住みます。日本だけは血統を守りたいと考えることが、世界の時流に合わないことだけは確かなのではないかと思えてなりません。




