2010年1月31日日曜日
ハイチに千羽鶴を送る?
正月の12日に大地震に見舞われたハイチ、死者17万人に達するという大惨事になってしまいました。
これに対して、大阪府在住の若い日本人女性が、インターネットのコミュニティーサイトで「千羽鶴を折ってハイチに贈ろう、一人じゃないことを知ってもらい勇気づけよう。」という運動を始めたところ、「そんなことをしても理解されないはずだ。」「鳥を贈るのは現地の習慣からしたら縁起の悪いことだ。」といった、強い反発も同時に招いてしまい、ネットがいわゆる「炎上」してしまったそうです。産経新聞の1月29日付けのニュースです。
文化の違い、習慣の違い、宗教の違い、考え方の違い…。確かに大きな違いがあります。千羽鶴なんてものを見たことも聞いたこともない人々にそれを理解してもらうのは難しいことかもしれません。
もちろん、「善意だから」という理由で何でも許されるものではないというのは間違いのないところです。私たち日本人は、戦前からたくさんの善意によって、異文化の人々を傷つけたり、反感を買われたりしてきました。一番大きな問題は、善意の前提に「上から目線」のあることです。
「こっちは豊かだ。教養もある。お前たちより優位にある。だからかわいそうなお前たちに善意をもって教育してやったり、インフラを整えてやったり、また西欧の支配から解放してやったりするのだ。それはお前たちの幸福のためなのだから、感謝するのが当然だ。」
このような態度のもとでの善意は、敵意を生むばかりです。
大阪府在住というその女性の善意は、なにも決して「上から目線」の善意などではなかったはずですから、ネットが炎上するというほどの事態になるのも行き過ぎだと思います。折り鶴に賛同した人も、反対した人も、どちらもハイチの人々のことを思いやっているはずですから、その思いをどう伝えるべきかという方法において意見が激しく対立しただけなのだろうと思います。
対立が激しくなってしまう原因は、折り鶴に固執する態度と、折り鶴を馬鹿にする態度、その双方にあるのでしょう。そういう時は、実際にハイチで生まれ育った人やハイチに住んだ経験のある人、どちらもいなければ異文化交流の経験豊かな人の意見を求めるのが良いでしょう。







